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2012年12月17日 (月)

中嶋彰子のウィーン便り10:企画を終えて

こんにちわ!長かったこの企画も全て終了し、今、ウィーンに戻っています。窓の外はクリスマス前のいつもの殺到的買い物客で混乱している様子。でも私はまだ公演後の余韻から離れたくなくない思いで、雪になったり、雨になったり、どんより薄暗くなってしまったウィーンの空を窓からぼーっと眺め、幼い頃、釧路でも冬はこんな光景よくあったな〜と思いつつ、冬の生活を静かに満喫しています。

これまでに多くの方にブログを見ていただき、金沢、高岡の公演はもちろん、最終公演の1800席と言うこの手の公演には巨大過ぎると恐れていた、すみだトリフォニーホールにも多くの方々が訪れてくださり、皆さんがそれぞれ努力をしてこの企画をフォローしてくださった事に心から厚くお礼申し上げます。
今回のブログに締めくくりとして、ネットに浮かんだ様々なコメントを寄せ集めました。抜粋したハイライト版です。どうぞご覧ください。まずは世界初演会場金沢の公演に来てくださったお一人のコメントです:ー

月、シェーンベルク、能 ― 次元を超える愉楽 …ですって。

お誘いを受けなければ行かなかったと思う… 不思議 不思議 不思議な新しい芸術形式 世界。

演出し、ピエロをされる中嶋彰子さんのご挨拶の一文を紹介しますと…

読んで居ても、私には何のことやら ポカーンの世界なわけですが……
ご一緒した方が、「中嶋彰子さんの歌唱力は素晴らしいのよ^^ シェーンベルクの音楽は無調の表現主義音楽で…」説明をして下さり、気持ち興味を抱いた感じ(笑)。

始まりの映像に心掴まれ、歌声に感心し、あっという間に時が流れちゃいました。

感想を聞かれても、感想を言える程の情報も持ち合わせていない私ですが、何となく 言わんとされた…

歌のパートは歌うのではなく、音に沿って「話す」と言う、歌唱によって語る物語だから、『能』の無いものをあるように あるものを無いように表現する、そのあたりの幻想感がクロスするところか(?)と。

この度が初演だったそうです。

今日は、富山県高岡文化ホールです。
金沢のお客様は、いま一つ どう反応して良いのか戸惑っているような…様子。  さてさてお隣りの高岡の反応は、どんなかな^^

新しい事にチャレンジするって、凄いエネルギーがいるだろうから、想いを実現した中嶋彰子さんに「頑張ってください。」と、エールを送ります。

公演後、4人で居酒屋に行き「あそこ ー だった方が良いんじゃない!?」「映像が良かった!」「あそこは要らないよね。」…勝手な事を言いあい、盛り上がった事が一番楽しかった記憶…な私(笑)。

知的な人って、魅力的だなぁ… 今さら無理だけど、思いましたねぇ。

公演後の会話の種になったようですね。とっても嬉しいです。次は安田功さんから許可を頂いたのでブログをペーストします。

夢幻能•月に憑かれたピエロ

今夜,錦糸町のすみだトリフォニーホールで『夢幻能・月に憑かれたピエロ』を観て来た。能とシェーンベルクの室内歌曲とのコラボレーションという,個性的な舞台だった。(略)

 

公演を観る前は,シェーンベルクの傑作を生で聴かれるのが楽しみだった。しかし,このパフォーマンスは,単なる室内歌曲の「演奏」ではなかった。ただ独りの登場人物による室内オペラと夢幻能との,パラレルワールド風音楽劇といった趣きだった。強烈に魅了されたのである。

シェーンベルクの『ピエロ』のアルベール・ジローの詞そのものは,思うに,19 世紀のロマン主義的紋切型が世紀末的不安のなかで腐り果てたような退廃でしかない。「目で飲む恍惚のワイン」,「純白の奇跡のバラ」,「水晶の小瓶を照らす幻想の光にみちた月」,「蒼ざめた洗濯女」,「蒼ざめた血」,「苦悩の聖母」,「太陽を覆う黒い巨大な蛾」,「血のしたたる残酷な聖餐」,「瘠せ細った娼婦」,「三日月の白刃」,「聖なる十字架としての詩」,エトセトラ,エトセトラ,は,そのようなわかり切った,ゴシックロマンスの道具立てのような「あ,あれか」式の,陳腐といってもよいモチーフ,イメージである。陳腐化した退廃ってちょっと滑稽ではないか? とはいえ,いまや紋切型になってしまったからこそ,私は江戸川乱歩と同様こういう「古典的」乱脈・紊乱をそれそのものとして酷愛しているのだけれど。

ところが,そこに,もの言わぬ月の美女,嫉妬に我知らず般若と化す狂女,老いさらばえて打ち捨てられる老姥,という三態の夢幻能・鬘物のキャラクターが対置されると,ほとんど無関係な表現様式なのに  このパラレルワールドの接点は花と小袖のみが媒介になっている  『ピエロ』の退廃的主人公が,日本的「狂」で異化されたような,独特の象徴的心理劇の主体として観る者に迫り来るように思われたのだった。月に見蕩れるピエロの狂気は月の精のような異界の美女への思慕と繋がり,絞首台の娼婦にピエロの抱く恐怖は般若の憎しみと嫉妬への戦慄に変じ,ピエロの望郷のノスタルジーは老いのために捨てられる運命にあるかつての絶世の美女の懐旧の情と交感する。月の美女が落としたバラを,ピエロが老姥に捧げようとする。こうしたメタ・フィクションが心憎かった。女の激情を秘めた一生を夢幻能という象徴的パラレルワールドとして『ピエロ』に裁ち入れることで,ピエロは恋をしたのだという新しいストーリーが生まれたのだ。かくしてシェーンベルクの『ピエロ』を夢幻的室内オペラとして楽しむことができたのである。

舞台(こういう言い方が相応しい)ではシェーンベルクの音楽と能楽の笛・鼓・謡が交互に進行するちょっと冒険的な演出があった。『ピエロ』のフルートと能楽の和笛とが呼び交すくだりは圧巻だった。和笛の心の強さ・気の鋭さがフルートと対照されると,身に,魂に,沁み入るようであった。西欧人で日本の楽器のなかで尺八に惚れ込む人は多いが,このパフォーマンスを観たら,能楽の笛に魅せられるに違いないと確信した。

今夜の舞台に大いに満足した。この DVD が発売されることを心から願うところである。それにしても,これは金沢,高岡に続く東京公演である。まず金沢から,そして演奏者がオーケストラ・アンサンブル金沢の団員,というところが極めて意味深長である。金沢という地がいかに文化レベルの高い都市であるかを雄弁に物語っている。シェーンベルクの室内歌曲を取上げること自体が商業的に無謀なのだ。しかも,大いなる藝術的実験を投下した出し物である。ある意味で東京よりも文化的に自由でかつ成熟しているようである。『ピエロ』の演奏も正確,艶やかで惚れ惚れした。この楽団の武満徹も絶品なので,ぜひフォローしてみていただきたい。

今夜の舞台に大いに満足した。この DVD が発売されることを心から願うところである。それにしても,これは金沢,高岡に続く東京公演である。まず金沢から,そして演奏者がオーケストラ・アンサンブル金沢の団員,というところが極めて意味深長である。金沢という地がいかに文化レベルの高い都市であるかを雄弁に物語っている。シェーンベルクの室内歌曲を取上げること自体が商業的に無謀なのだ。しかも,大いなる藝術的実験を投下した出し物である。ある意味で東京よりも文化的に自由でかつ成熟しているようである。『ピエロ』の演奏も正確,艶やかで惚れ惚れした。この楽団の武満徹も絶品なので,ぜひフォローしてみていただきたい。考えてみたら,昨年十一月に武満徹室内楽を聴いて以来,一年以上コンサートホールに足を運んでいなかった。近所のミューザ川崎コンサートホールが震災での天上崩落のためまだ再開できていないためか。私もどうもこのところ心に余裕がないようである。そこに十一月の末,なんと中嶋彰子さんその人がシェーンベルクの『ピエロ』に関する私のブログを読んで,メールでこのコンサートに誘ってくれたのである。十一月の霧と菊の彼方から声を聴いた気分になった。ブツブツ独り言・戯言ばかり書き連ねていても,ごくごくたまに,こういう身に余る幸せなことも起きるものである。

生の音楽は伝わるエネルギーが違いますよね、安田さん!頑張って来てくださったんですね。嬉しいです。是非これからもお元気で!

次は古田嶋久恵さんから許可を頂いて載せました。

hisae odashima/小田島久恵

@hisae_classical

東京在住のmusic writerです。クラシック、opera、ロック、ポップス、映画、ダンスについて書いています。『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のすすめ』(フィルムアート社)が2012年1月に発売されました(^o^)/ 表紙&本文中のイラストも本人によるもの。西洋占星術&タロットのライターも兼業。水瓶座。

tokyo JAPAN · h/夜の詩学 夢幻能「月に憑かれたピエロ」

シェーンベルクと能の出会い。この企画について初めて聞いたときは何とも意表を突かれたが
作品がこんこんと眠り続けながら待ち続けていたコラボレーションだったのかも知れない。
前衛と古典芸能を同時に舞台で上演する。
「月に憑かれたピエロ」は、東京のラフォルジュルネでも勅使川原三郎さんのダンスとの共演があり、
とても興味深いものだったが、この語りとも歌ともつかない不思議な世界と、「異」なるフォームのアートを溶接するには、もっと時間が必要だったかも知れない。
その意味で、この「能とシェーンベルクの融合」は、歌手の中嶋彰子さんが10年前から実現を望んでいた企画だという。
歌手の直観も素晴らしいが、こういう閃きは何か不思議な引力で現実化してしまうものなのだろう。
オーケストラ・アンサンブル金沢メンバーと指揮のニルス・ムース氏、
シテ方宝生流の渡邉荀之助さん、笛、太鼓、地謡の皆さんが舞台に乗った。

ところで本編が始まる前に、中嶋さんと渡邉さんによるプレ・トークがあり
作品の背景と能についてのわかりやすい解説がなされた。
このプレ・トークはシェークベルクの子息であるローレンス・シェーンベルク氏によるリクエストで
シェーンベルク作品を「難解ではなく理解可能なものとして浸透させる」ことを遺族は望んでいるという。
アドルノの有名な「新音楽の哲学」によると、「二人のS」のシェーンベルクは、
もうひとりのSの男ストラヴィンスキーがあらゆる方策を講じて音楽における「調」をのさばらせたのに対し、孤高の道を選んだ英雄であり、
シェーンベルクこそが20世紀に相応しい作曲家だという。
(後にバーンスタインは、このアドルノの説に注意深く反論した)
しかし、シェーンベルク自身は、孤高のナルシストでも調性の自殺者でもなく
大衆と「つながる」ことを求めていたのかも知れない。ただしロマン派的な方法以外で。

そこで、作品に対する現代的な「読み」が必要になる。シェーンベルクと能をくっつけることは
作品を神秘的にすることが目的ではなく、わかりやすく「翻訳する」ことだったのでは?
それは、このプロジェクトにおいては、直観に直観をぶつけて新しい次元を作るという離れ業だった。
そんなアクロバットを可能にしたのは「月」であったと思う。
アルベール・ジローの詩に魅了されて、21の断章に曲をつけたシェーンベルクは
曖昧でミステリアスで、それでいて豊穣な「月の力」に何かを感じていたはずなのだ。
その妖艶なもやもやが、「夢幻能」として演じられることで、際立った。
現在能と夢幻能の違いは、後者のシテが「死者」であり、冥土からこの世を見る存在であるということ。
超自然な神や鬼といったものを、主役は演じる。
空間を埋め尽くすのは中嶋さんの「声」なのだが、「気配」そのものは渡邉さんのほうが濃い。
プロジェクターには、大きな満月、鎌のような弓月、踊る字幕などが幻想的に映し出される。
会場もほとんど青い月の光に満たされていて、いつものすみだトリフォニーとは全く違う表情だった。

月とは太陽の意識に対して、無意識の世界。理性では制御できぬものの象徴であり、
男性性に対する女性性、狂気、あるいは西洋の知に対する東洋の「X」的なるものである。
能の演目にも、井戸に反射する月の影を見て、この世ならざる境地に運ばれていくという
ストーリーがあるという。
シェーンベルクの冒険とは、恐らくそうした魍魎とした「魔」とつながることでもあった。
はかなきもの、かそけきものを表すための詩学が、前衛と呼ばれる形式だったのかも知れない
なんてことをふつふつと考えていた。

シェーンベルクの譜面には、音符の上に「×」印が書かれており、歌わずその音域で語るとう指定があるという。
ほとんど叫びに近いソプラノも同じ作品で聴いたことがあるが、中嶋さんは声楽的に美しい表情豊かな声で、
ドイツ語の発声も自然で、何より「詩」を感じさせた。白地に朧月夜の空を染ませたような
グレーのピエロの衣装もいい。発声は安定しているのだが、旋律(?)そのものは玉虫色の世界で
地謡の男声の「黄泉の国からの声」と、不思議と調和している。
あの美輪さんの独特のヴィヴラートにも、そうした効果があるのかもしれないが、
能の発声は風格のレベルが違う。時間が円環状になり、死者と生者の世界を丸呑みにして
ひとまとめにしてしまうような威力がある。

オーケストラアンサンブル金沢のメンバーによる演奏はこの玄妙な世界を支え
繊細でマージナルな音楽を気品あるものに仕上げていた。
「月に憑かれたピエロ」は書かれてから100年を迎えるというが、20世紀初頭とは
フェノロサが記した能楽論がエズラ・パウンドの手にわたり、その翻訳を読んだイエーツによって
大々的にヨーロッパに紹介された。偉大な神秘の芸術にヨーロッパは驚嘆し
日本は憧れの国となったのだ。

上演時間は約1時間であったはずだが、とても独特な伸縮感をもつ「能時間」であり
「シェーンベルク時間」だった。
このプロダクション、ウィーンの観客にも是非見て欲しい。

奥深く鋭い感想力のお持ちな小田島さんのコメントです。これからもツイッターで楽しませていただきま〜す。ウィーンに持って行きたいと公演後にオーストリア大使が言っていました!そうなるよう努力します。

ツイッターでは多くの方がつぶやいてくださっています。例えば堀本剛右さんは、

私にとって難解だった『月に憑かれたピエロ』を日本の能楽とのコラボレーションに依りより身近なものにして下さった中嶋さんの閃きと試みに敬意を表します。

評論家・東条碩夫氏のブログ 「東条碩夫のコンサート日記 にも彼らしいシャープなコメントを頂いております。http://concertdiary.blog118.fc2.com/blog-entry-1544.html

会場には多くの学生達も参加してくださっていましたね。芸大、早稲田大、慶応大の皆さんありがとうございました。学生でいる間は間違えを何回もして許される時期だと私は思います。成功は失敗の元!イマジネーションを大きく膨らませ、将来いろんなチャレンジをして人生を過ごして欲しいです。

それでは長くなりましたが、これでブログも終わりです・・・私の次の企画はNHKニューイヤーオペラコンサート。元旦3日のテレビ生中継です。それまでにはピエロからオペレッタディーバに変身して月から舞い戻ってきます!

それでは良いクリスマスをお過ごしください。ありがとうございました!auf wiedersehen

中嶋彰子

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コメント

金沢公演見ました。よかったですけど‥…。ただし、イエスマンばかりでは魅力がないでしょうから一言。前説はいりませんでしたね。コメント削除されちゃうかな?

投稿: 箕輪伝蔵 | 2012年12月28日 (金) 20時31分

新年明けましておめでとうございます^^

音楽のいろはも知らぬ私のブログを読んでいただいてたなんて• • •
恥ずかしくて布団に潜ってます。
新しい世界を切り開き、ますます輝いた中嶋彰子を楽しませてください。
貴女のキラキラと輝いた少女のような眼差しが素敵ですもん☆☆☆

投稿: さがまり | 2013年1月 2日 (水) 07時04分

さがまり様

コメントありがとうございます。
中嶋さんは1月6日(日)から始まる、アンサンブル金沢のニューイヤー・コンサートのツアーへご出演なさいます。

よろしければ、またお越しください。

投稿: M | 2013年1月 4日 (金) 09時41分

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