2013年1月 7日 (月)

ミュージック・ペンクラブ様のHPに批評が掲載されました

ミュージック・ペンクラブ ジャパン様のHPに東京公演の批評が載りました。

music pen club japan

mpcトークス

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2012年12月17日 (月)

中嶋彰子のウィーン便り10:企画を終えて

こんにちわ!長かったこの企画も全て終了し、今、ウィーンに戻っています。窓の外はクリスマス前のいつもの殺到的買い物客で混乱している様子。でも私はまだ公演後の余韻から離れたくなくない思いで、雪になったり、雨になったり、どんより薄暗くなってしまったウィーンの空を窓からぼーっと眺め、幼い頃、釧路でも冬はこんな光景よくあったな〜と思いつつ、冬の生活を静かに満喫しています。

これまでに多くの方にブログを見ていただき、金沢、高岡の公演はもちろん、最終公演の1800席と言うこの手の公演には巨大過ぎると恐れていた、すみだトリフォニーホールにも多くの方々が訪れてくださり、皆さんがそれぞれ努力をしてこの企画をフォローしてくださった事に心から厚くお礼申し上げます。
今回のブログに締めくくりとして、ネットに浮かんだ様々なコメントを寄せ集めました。抜粋したハイライト版です。どうぞご覧ください。まずは世界初演会場金沢の公演に来てくださったお一人のコメントです:ー

月、シェーンベルク、能 ― 次元を超える愉楽 …ですって。

お誘いを受けなければ行かなかったと思う… 不思議 不思議 不思議な新しい芸術形式 世界。

演出し、ピエロをされる中嶋彰子さんのご挨拶の一文を紹介しますと…

読んで居ても、私には何のことやら ポカーンの世界なわけですが……
ご一緒した方が、「中嶋彰子さんの歌唱力は素晴らしいのよ^^ シェーンベルクの音楽は無調の表現主義音楽で…」説明をして下さり、気持ち興味を抱いた感じ(笑)。

始まりの映像に心掴まれ、歌声に感心し、あっという間に時が流れちゃいました。

感想を聞かれても、感想を言える程の情報も持ち合わせていない私ですが、何となく 言わんとされた…

歌のパートは歌うのではなく、音に沿って「話す」と言う、歌唱によって語る物語だから、『能』の無いものをあるように あるものを無いように表現する、そのあたりの幻想感がクロスするところか(?)と。

この度が初演だったそうです。

今日は、富山県高岡文化ホールです。
金沢のお客様は、いま一つ どう反応して良いのか戸惑っているような…様子。  さてさてお隣りの高岡の反応は、どんなかな^^

新しい事にチャレンジするって、凄いエネルギーがいるだろうから、想いを実現した中嶋彰子さんに「頑張ってください。」と、エールを送ります。

公演後、4人で居酒屋に行き「あそこ ー だった方が良いんじゃない!?」「映像が良かった!」「あそこは要らないよね。」…勝手な事を言いあい、盛り上がった事が一番楽しかった記憶…な私(笑)。

知的な人って、魅力的だなぁ… 今さら無理だけど、思いましたねぇ。

公演後の会話の種になったようですね。とっても嬉しいです。次は安田功さんから許可を頂いたのでブログをペーストします。

夢幻能•月に憑かれたピエロ

今夜,錦糸町のすみだトリフォニーホールで『夢幻能・月に憑かれたピエロ』を観て来た。能とシェーンベルクの室内歌曲とのコラボレーションという,個性的な舞台だった。(略)

 

公演を観る前は,シェーンベルクの傑作を生で聴かれるのが楽しみだった。しかし,このパフォーマンスは,単なる室内歌曲の「演奏」ではなかった。ただ独りの登場人物による室内オペラと夢幻能との,パラレルワールド風音楽劇といった趣きだった。強烈に魅了されたのである。

シェーンベルクの『ピエロ』のアルベール・ジローの詞そのものは,思うに,19 世紀のロマン主義的紋切型が世紀末的不安のなかで腐り果てたような退廃でしかない。「目で飲む恍惚のワイン」,「純白の奇跡のバラ」,「水晶の小瓶を照らす幻想の光にみちた月」,「蒼ざめた洗濯女」,「蒼ざめた血」,「苦悩の聖母」,「太陽を覆う黒い巨大な蛾」,「血のしたたる残酷な聖餐」,「瘠せ細った娼婦」,「三日月の白刃」,「聖なる十字架としての詩」,エトセトラ,エトセトラ,は,そのようなわかり切った,ゴシックロマンスの道具立てのような「あ,あれか」式の,陳腐といってもよいモチーフ,イメージである。陳腐化した退廃ってちょっと滑稽ではないか? とはいえ,いまや紋切型になってしまったからこそ,私は江戸川乱歩と同様こういう「古典的」乱脈・紊乱をそれそのものとして酷愛しているのだけれど。

ところが,そこに,もの言わぬ月の美女,嫉妬に我知らず般若と化す狂女,老いさらばえて打ち捨てられる老姥,という三態の夢幻能・鬘物のキャラクターが対置されると,ほとんど無関係な表現様式なのに  このパラレルワールドの接点は花と小袖のみが媒介になっている  『ピエロ』の退廃的主人公が,日本的「狂」で異化されたような,独特の象徴的心理劇の主体として観る者に迫り来るように思われたのだった。月に見蕩れるピエロの狂気は月の精のような異界の美女への思慕と繋がり,絞首台の娼婦にピエロの抱く恐怖は般若の憎しみと嫉妬への戦慄に変じ,ピエロの望郷のノスタルジーは老いのために捨てられる運命にあるかつての絶世の美女の懐旧の情と交感する。月の美女が落としたバラを,ピエロが老姥に捧げようとする。こうしたメタ・フィクションが心憎かった。女の激情を秘めた一生を夢幻能という象徴的パラレルワールドとして『ピエロ』に裁ち入れることで,ピエロは恋をしたのだという新しいストーリーが生まれたのだ。かくしてシェーンベルクの『ピエロ』を夢幻的室内オペラとして楽しむことができたのである。

舞台(こういう言い方が相応しい)ではシェーンベルクの音楽と能楽の笛・鼓・謡が交互に進行するちょっと冒険的な演出があった。『ピエロ』のフルートと能楽の和笛とが呼び交すくだりは圧巻だった。和笛の心の強さ・気の鋭さがフルートと対照されると,身に,魂に,沁み入るようであった。西欧人で日本の楽器のなかで尺八に惚れ込む人は多いが,このパフォーマンスを観たら,能楽の笛に魅せられるに違いないと確信した。

今夜の舞台に大いに満足した。この DVD が発売されることを心から願うところである。それにしても,これは金沢,高岡に続く東京公演である。まず金沢から,そして演奏者がオーケストラ・アンサンブル金沢の団員,というところが極めて意味深長である。金沢という地がいかに文化レベルの高い都市であるかを雄弁に物語っている。シェーンベルクの室内歌曲を取上げること自体が商業的に無謀なのだ。しかも,大いなる藝術的実験を投下した出し物である。ある意味で東京よりも文化的に自由でかつ成熟しているようである。『ピエロ』の演奏も正確,艶やかで惚れ惚れした。この楽団の武満徹も絶品なので,ぜひフォローしてみていただきたい。

今夜の舞台に大いに満足した。この DVD が発売されることを心から願うところである。それにしても,これは金沢,高岡に続く東京公演である。まず金沢から,そして演奏者がオーケストラ・アンサンブル金沢の団員,というところが極めて意味深長である。金沢という地がいかに文化レベルの高い都市であるかを雄弁に物語っている。シェーンベルクの室内歌曲を取上げること自体が商業的に無謀なのだ。しかも,大いなる藝術的実験を投下した出し物である。ある意味で東京よりも文化的に自由でかつ成熟しているようである。『ピエロ』の演奏も正確,艶やかで惚れ惚れした。この楽団の武満徹も絶品なので,ぜひフォローしてみていただきたい。考えてみたら,昨年十一月に武満徹室内楽を聴いて以来,一年以上コンサートホールに足を運んでいなかった。近所のミューザ川崎コンサートホールが震災での天上崩落のためまだ再開できていないためか。私もどうもこのところ心に余裕がないようである。そこに十一月の末,なんと中嶋彰子さんその人がシェーンベルクの『ピエロ』に関する私のブログを読んで,メールでこのコンサートに誘ってくれたのである。十一月の霧と菊の彼方から声を聴いた気分になった。ブツブツ独り言・戯言ばかり書き連ねていても,ごくごくたまに,こういう身に余る幸せなことも起きるものである。

生の音楽は伝わるエネルギーが違いますよね、安田さん!頑張って来てくださったんですね。嬉しいです。是非これからもお元気で!

次は古田嶋久恵さんから許可を頂いて載せました。

hisae odashima/小田島久恵

@hisae_classical

東京在住のmusic writerです。クラシック、opera、ロック、ポップス、映画、ダンスについて書いています。『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のすすめ』(フィルムアート社)が2012年1月に発売されました(^o^)/ 表紙&本文中のイラストも本人によるもの。西洋占星術&タロットのライターも兼業。水瓶座。

tokyo JAPAN · h/夜の詩学 夢幻能「月に憑かれたピエロ」

シェーンベルクと能の出会い。この企画について初めて聞いたときは何とも意表を突かれたが
作品がこんこんと眠り続けながら待ち続けていたコラボレーションだったのかも知れない。
前衛と古典芸能を同時に舞台で上演する。
「月に憑かれたピエロ」は、東京のラフォルジュルネでも勅使川原三郎さんのダンスとの共演があり、
とても興味深いものだったが、この語りとも歌ともつかない不思議な世界と、「異」なるフォームのアートを溶接するには、もっと時間が必要だったかも知れない。
その意味で、この「能とシェーンベルクの融合」は、歌手の中嶋彰子さんが10年前から実現を望んでいた企画だという。
歌手の直観も素晴らしいが、こういう閃きは何か不思議な引力で現実化してしまうものなのだろう。
オーケストラ・アンサンブル金沢メンバーと指揮のニルス・ムース氏、
シテ方宝生流の渡邉荀之助さん、笛、太鼓、地謡の皆さんが舞台に乗った。

ところで本編が始まる前に、中嶋さんと渡邉さんによるプレ・トークがあり
作品の背景と能についてのわかりやすい解説がなされた。
このプレ・トークはシェークベルクの子息であるローレンス・シェーンベルク氏によるリクエストで
シェーンベルク作品を「難解ではなく理解可能なものとして浸透させる」ことを遺族は望んでいるという。
アドルノの有名な「新音楽の哲学」によると、「二人のS」のシェーンベルクは、
もうひとりのSの男ストラヴィンスキーがあらゆる方策を講じて音楽における「調」をのさばらせたのに対し、孤高の道を選んだ英雄であり、
シェーンベルクこそが20世紀に相応しい作曲家だという。
(後にバーンスタインは、このアドルノの説に注意深く反論した)
しかし、シェーンベルク自身は、孤高のナルシストでも調性の自殺者でもなく
大衆と「つながる」ことを求めていたのかも知れない。ただしロマン派的な方法以外で。

そこで、作品に対する現代的な「読み」が必要になる。シェーンベルクと能をくっつけることは
作品を神秘的にすることが目的ではなく、わかりやすく「翻訳する」ことだったのでは?
それは、このプロジェクトにおいては、直観に直観をぶつけて新しい次元を作るという離れ業だった。
そんなアクロバットを可能にしたのは「月」であったと思う。
アルベール・ジローの詩に魅了されて、21の断章に曲をつけたシェーンベルクは
曖昧でミステリアスで、それでいて豊穣な「月の力」に何かを感じていたはずなのだ。
その妖艶なもやもやが、「夢幻能」として演じられることで、際立った。
現在能と夢幻能の違いは、後者のシテが「死者」であり、冥土からこの世を見る存在であるということ。
超自然な神や鬼といったものを、主役は演じる。
空間を埋め尽くすのは中嶋さんの「声」なのだが、「気配」そのものは渡邉さんのほうが濃い。
プロジェクターには、大きな満月、鎌のような弓月、踊る字幕などが幻想的に映し出される。
会場もほとんど青い月の光に満たされていて、いつものすみだトリフォニーとは全く違う表情だった。

月とは太陽の意識に対して、無意識の世界。理性では制御できぬものの象徴であり、
男性性に対する女性性、狂気、あるいは西洋の知に対する東洋の「X」的なるものである。
能の演目にも、井戸に反射する月の影を見て、この世ならざる境地に運ばれていくという
ストーリーがあるという。
シェーンベルクの冒険とは、恐らくそうした魍魎とした「魔」とつながることでもあった。
はかなきもの、かそけきものを表すための詩学が、前衛と呼ばれる形式だったのかも知れない
なんてことをふつふつと考えていた。

シェーンベルクの譜面には、音符の上に「×」印が書かれており、歌わずその音域で語るとう指定があるという。
ほとんど叫びに近いソプラノも同じ作品で聴いたことがあるが、中嶋さんは声楽的に美しい表情豊かな声で、
ドイツ語の発声も自然で、何より「詩」を感じさせた。白地に朧月夜の空を染ませたような
グレーのピエロの衣装もいい。発声は安定しているのだが、旋律(?)そのものは玉虫色の世界で
地謡の男声の「黄泉の国からの声」と、不思議と調和している。
あの美輪さんの独特のヴィヴラートにも、そうした効果があるのかもしれないが、
能の発声は風格のレベルが違う。時間が円環状になり、死者と生者の世界を丸呑みにして
ひとまとめにしてしまうような威力がある。

オーケストラアンサンブル金沢のメンバーによる演奏はこの玄妙な世界を支え
繊細でマージナルな音楽を気品あるものに仕上げていた。
「月に憑かれたピエロ」は書かれてから100年を迎えるというが、20世紀初頭とは
フェノロサが記した能楽論がエズラ・パウンドの手にわたり、その翻訳を読んだイエーツによって
大々的にヨーロッパに紹介された。偉大な神秘の芸術にヨーロッパは驚嘆し
日本は憧れの国となったのだ。

上演時間は約1時間であったはずだが、とても独特な伸縮感をもつ「能時間」であり
「シェーンベルク時間」だった。
このプロダクション、ウィーンの観客にも是非見て欲しい。

奥深く鋭い感想力のお持ちな小田島さんのコメントです。これからもツイッターで楽しませていただきま〜す。ウィーンに持って行きたいと公演後にオーストリア大使が言っていました!そうなるよう努力します。

ツイッターでは多くの方がつぶやいてくださっています。例えば堀本剛右さんは、

私にとって難解だった『月に憑かれたピエロ』を日本の能楽とのコラボレーションに依りより身近なものにして下さった中嶋さんの閃きと試みに敬意を表します。

評論家・東条碩夫氏のブログ 「東条碩夫のコンサート日記 にも彼らしいシャープなコメントを頂いております。http://concertdiary.blog118.fc2.com/blog-entry-1544.html

会場には多くの学生達も参加してくださっていましたね。芸大、早稲田大、慶応大の皆さんありがとうございました。学生でいる間は間違えを何回もして許される時期だと私は思います。成功は失敗の元!イマジネーションを大きく膨らませ、将来いろんなチャレンジをして人生を過ごして欲しいです。

それでは長くなりましたが、これでブログも終わりです・・・私の次の企画はNHKニューイヤーオペラコンサート。元旦3日のテレビ生中継です。それまでにはピエロからオペレッタディーバに変身して月から舞い戻ってきます!

それでは良いクリスマスをお過ごしください。ありがとうございました!auf wiedersehen

中嶋彰子

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2012年12月 7日 (金)

舞台写真(少しネタバレするかもしれませんが)

昨日(12/6)は高岡公演でした。
こちらも素晴らしい舞台で、鳴り止まない拍手に2回のカーテンコールがありました。

あとは10日(月)の東京公演を残すのみです。
それまでのお楽しみに金沢公演の舞台写真をアップします。
雰囲気を感じてください。



一幕 夜話

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二幕 悪夢


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三幕 ノスタルジア


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いかがです?
お楽しみに!

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2012年12月 5日 (水)

金沢公演終了!

先ほど、金沢公演が大成功のうちに終演しました。
中嶋さん、渡邊さんはじめ出演の皆様の渾身の舞台でした。
おかげさまで、素晴らしい公演になりました。


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明日6日(木)は高岡公演、10日(月)は東京公演です。

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2012年12月 3日 (月)

中嶋彰子の金沢便り

初雪が既に訪れた金沢に到着。稽古、舞台の仕込みが着々と進んでいます。

12月1日の土曜日には高岡市でプレトークが開かれました。

参加者の皆さんに「お能に詳しい方、手をあげてくださ〜い」と言ったらほら、こんなに手が上がりました!高岡市は文化人が多いんですね。

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シェーンブルクと同じ時代に生きたレハール。彼の代表作メリーウィドーから「ヴィリアの歌」の一部も聞いていただきました・・・レハールはオケ譜を書き出すのが面倒だと、この超有名なオペレッタの楽譜をシェーンベルクに書き出すよう頼んだそうです。

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マエストロ・ムースは歩く辞書とも呼ばれる音楽歴史学者で、海外の音大でも引っ張りだこです。この企画に関しての思いは熱く、会場の皆さんにもシェーンベルクの時代背景、シェーンブルクとは誰?などの説明を分かりやすくユーモラスに語りました。

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ピアニストの斉藤雅昭さんは、ウィーン音大を最優秀で卒業したエリート。彼の先生はシェーンベルクの専門家です。その彼に着いて厳しく習った技術について語ってくれました。
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そしてプレトークのパートナー、渡邊荀之助先生です。先生とシテの歌い方とオペラ歌手の技術の違いについて話し合いました。そして今回の舞台作についての感想なども話していただきました。一言一言に深みのある、優しさ、情熱を感じさせられ、私は益々先生のファンになりました。
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今日は衣装の相談や、お面をつけての稽古も行われ、現地テレビ局や新聞記者の姿も観客席に見えました。明日は舞台稽古最終日!私はちょっと興奮気味で今晩は眠れなさそうです。
先週はカーニバルカンパニーと言う音楽団体が2004年にピエロの公演をなさったと言う新たな発見がありました。早速その企画プロデューサーでいらっしゃる、しおみえりこさんとお話しました。ヨネヤマ・ママコのパントマイムとの演出をなさったそうです 。きっと素晴らしいコラボだったのだと思います。
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ピエロ、お月様をタイトルにした表現は様々で、面白いなあと思います。
以下は1885年、Adolphe Willetteがスケッチしたカートゥーンです。5番の「ショパンのワルツ」にぴったりなイラストです!
Adolphe_willette_cartoon_of_pierrot
シェーンベルクはウィーンの国立図書館でも調べましたが、ピエロや月に関しての絵は描いていません。残念。
映画ではmoonstruckつまり「月に憑かれた」と言う映画が80年代にシェアとニコラス・ケージでヒットしました。内容もムードも正反対ですが、たまにはこんなキッチなロマンスもいいですよね。今晩はこの映画を見て気を休めようかしら・・・
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それでは皆様、長らくお付き合いいただきありがとうございました。私のお便りはこれで終わりになります。夢にまで見たこの企画がここまで来たんだという実感はまだ押さえて、あさっての初日に向けて精神統一します。
是非公演会場でお会いしましょう!
中嶋彰子

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舞台稽古、好調です

本日から舞台稽古が行われています。
やはり、管弦楽の音が入り、スクリーンに映像が映し出されると、迫力や幽玄さが増しますね。
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お楽しみに!







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2012年11月28日 (水)

お知らせ(プレトークについて)

公演にお越しの皆様にお知らせです。

公演当日は、19:00に開演致しますが、
まず中嶋彰子、ニルス・ムース、佐野登によりますプレトークが20分程ございます。
そこから、20分間準備のための休憩を頂きます。

本編開始は19:40過ぎの予定です。
19:00に間に合わない方も、19:30頃までにいらしていただけますと本編は最初からご覧いただくことができます。なお、本編は3部制ですが、合間に休憩はございません。

本編が始まってからの途中入場は、演出の関係上難しい場合がございますので、予めご了承ください。

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2012年11月26日 (月)

中嶋彰子のウィーン(東京)便り9 

さあ、今週水曜日に照明、舞台監督、映像、演出家による最終的な会議が行われ、厳密なプランが立てられます。考えに考え抜いた字幕と映像の合体、そしてその舞台効果とソリスト2人が遊ぶ表現法は観てからのお楽しみに!

さてこれは何でしょう?そうです。映像を映し出すスクリーンの実験第一号です。今までに色々なチャレンジをしてきています・・・舞台監督の中村さん、照明の松本さん、お疲れ様〜!

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そして以下は映像クリエーターの高岡真也さん。真也さんとはウィーンと東京間でのスカイプ会議はもちろん、先週も長時間案を練り、今繊密な仕上げをなさっています。
彼から、ちらりとコメントです。
映像も衣装も当日まで御見せできませんが、以下は衣装担当のお二人です。日曜日に浅草のスタジオで合わせがありました。舞台衣装を長年お作りになっているお二人と今日初めて仕事をしたとは思えないほどの信頼感の中、私のイメージしていた物がどんどん立体化していき、感動のあまり、肌をだして何時間も居たのを忘れ、今日はちょっと風邪気味です・・・トホホ。
黒川敬子さんと戸川和枝さんです。
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東京でのスタッフミーティングの後は指揮者、ピアニストがウィーンから集まり、シテの渡邊先生、笛の松田先生などと参加が膨らみ、毎日舞台稽古、音楽稽古を重ねて行きます。コンセプトは頭に完成したので、それをどう現実化するかが私のこれからのテーマです。
さて、今日はそのコンセプトの要素になった様々な記録をヴィジュアルで御伝えします。
最初の空想はこんな空間で生まれました・・・いかにも無調な音楽が浮かんできそうな空間でしょう?
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東京と西洋の美の融合:
色々な表現がありますね。ジャポニズムが大流行したシェーンベルクの生きていた時代、クリムトもジャポニズムに憧れた画家の一人と言うのは有名ですね。ヴァン・ゴッホもそうでした。ちょっと野暮ったい感じかしら??:ー
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繊細な融合となると私はどうしてもこの方を思います:ー

セルジュ・ルタンスと資生堂

Photo

ネットでこんな事が書かれていました:ー

「私は完全主義者で美に飢えた人間なんです」

 エルテは母親の香水瓶で着せかえ人形遊びをしていたが、貧しい家庭に育ったルタンスは、それがワインコルク栓だった。コルク栓に顔を描いたり、服を着せたり。

「今でも私はコルク栓と遊んでいるのと、心は同じ。現実の世界で何が起こっているかなど、まったく関心がなかった。あるものに魅せられて見つめていると、私自身がそのものになっていた。木を見つめると木に、火を見つめると火になる。私自身であったときのほうが少ないくらいだ。女性を見つめても同じ。私が女性化するのではなく、私自身が彼女と同化してしまう。茫然自失となってしまう。病的か詩的か知らないが、こんな自分を背負って何かをするというのが大事なんだ」

パラドックスが混じり合う今回の舞台作品を演出していて、ルタンスのそんな気持ちが良く分かる様な気がします。資生堂のこだわりの美、大好きです。

ファッショナブルなジャンルで思うと、10年前、ちょうどこの企画の発想が誕生した頃、国際家庭画報が新発売となり、Moon over Japanと言うテーマで多くの事を勉強させてもらいました。当時の編集長とも長々お話を聴かせていただき、日本の文化、習慣がお月様と切っても切れない縁がある事を学びました。

家庭画報 International Edition<br />
・月愛でる国
・墨の仕事―篠田桃紅
・コンテンポラリー・アニメ
・癒しの宿
ほか

まだまだ一杯書きたい事がありますが、今日はこの辺で。
風邪を治します!!!!!!
皆さんもご自愛してくださいね。
中嶋彰子

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2012年11月23日 (金)

月に憑かれたピエロ解説3

さて、今回で邦訳最後となりました。本公演ではお能が入るため、16、17、18曲目はカットし演奏されます。皆さん金沢、富山、東京の会場でお会いしましょう!

15、郷愁(ノスタルジア)

甘美な嘆き--クリスタルのため息が

イタリアの昔のパントマイムから 響いてくる

ピエロは木のように硬く

モダンでセンチメンタルになったことか

そしてそれは彼の心の砂漠を抜けて響く

全ての感覚を通してほのかに再び響く

甘美な嘆き--クリスタルのため息が

イタリアの昔のパントマイムから

そしてピエロは悲しそうな表情を忘れるのだ!

月の蒼褪めた炎の明かりをぬけ

光の海の洪水をぬけ--憧れは翔てゆく

勇敢に上へ向かって 故郷の空へ高く!

甘美な嘆き--クリスタルのため息が

19、セレナード

グロテスクな大きな弓で

ピエロはヴィオラを引っ掻く

こうのとりのように一本足で

彼は悲しげにピチカートをはじく

突然カッサンドルが近づき--腹をたて

この真夜中の名演奏家に

グロテスクな大きな弓で ピエロはヴィオラを引っ掻く

すると今度はヴィオラを投げ捨て
デリケートな左手で
禿頭の襟元を掴み
夢見心地で禿頭を弾く
グロテスクな大きな弓で

20、帰郷

月の光が舵で

睡蓮が船 それに乗り

ピエロは南へと向かう

良い追い風と共に

流れは低い声でつぶやく

そしてそっと小舟を揺らす

月の光が舵で

睡蓮が船

ベルガモへ 故郷へと
ピエロはただ帰る
もう東の方はほのかに明るい
緑の地平線

月の光が舵で

21、おお 懐かしい香りよ

おお 昔話の時代の懐かしい香りが

私の感覚をふたたび陶然たる心地にさせる

茶目っ気のある愚かな大群が

軽やかな空気をふるわせている

幸運を願う事は私を幸せにする

その喜びを 私は長い間卑しんでいた

おお 昔話の時代の懐かしい香りが

私の感覚をふたたび陶然たる心地にさせる

私はあらゆる憂鬱を吹き飛ばし
太陽の光が差し込む窓から
自由にそっと見つめる 愛する世界を
そして幸福が続く彼方を夢見る

おお 昔話の時代の懐かしい香りが

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2012年11月19日 (月)

中嶋彰子のウィーン便り8

ウィーン便り8号にようこそ!最近めっきり寒さが深まったウィーンですが、日本もそろそろ手袋が欲しい時期に入ったと聞きました。風邪がはやる時期なので皆さん健康管理しましょうね!

 

さて、今回はシューンベルクに関してネットで見つけた情報をお伝えいたします。

 

まずはメゾソプラノ/アルパの池山由香さんのお許しを頂いて、由香さんのオフィシャル・ブログ「パンダに憑かれた池山」からのコメントをご覧ください。

 

ちなみに池山さんの話しているこの授業の先生は数年前第九で共演させていただいたメゾの加納悦子さん!、色々ご縁は繋がるものですね〜。


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パンダに憑かれた池山


テーマ:
 
昨日の授業の話。


ドイツ語歌曲演習?のような
授業にもぐりました。いや聴講しました。


この日のテーマは
作曲家「A.シェーンベルク」でした。

Florence Homolka

1874年~1951年に生きた
オーストリアの作曲家です。




音楽と言えば
アルパでいうところのFメジャーとかGメジャーとかの
「調性」が必ずついているけれど


シェーンベルクは
調性が無い
「無調」の世界に入りこんでしまって


十二音技法」という、

ド、ド♯、レ、レ♯、ミ、ファ、ファ♯、ソ、ソ♯、ラ、ラ♯、シの12音を均等に使う、

ドレミファソラシドって何だったっけ?みたいな
音の列を作ってしまったすごい人です。




私もかつて受験生だった頃
悶々としすぎて

シェーンベルクなどの現代音楽に
傾倒した時代がありました。



特にシェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」
メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」は
よく聴きました。



今思えば、
若さによるかっこつけだったかもしれないけど、

あれはあれで
戦争史が知れたり
ソルフェージュ能力が上がったり

聴くと良いものです。






それで、

先生が取り上げてくださったのは

「Erhebung(高揚)」
「Ghasel(ガゼール)」
それと
連作歌曲「Pierrot Lunaire(月に憑かれたピエロ)Op.21」より
「Der Kranke Mond(病める月)」

でした。




授業中、
「ガゼール」の詩をみんなで
先生に続いて朗読しました。


(□_□)先生「Ich halte dich in meinem Arm,(僕は君を腕に抱く、)」

(゚∀゚)生徒「Ich halte dich in meinem Arm,(僕は君を腕に抱く、)」


(□_□)先生「du hältst die Rose zart,(君は柔らかいバラを内包し)」

(゚∀゚)生徒「du hältst die Rose zart,(君は柔らかいバラを内包し)」


(□_□)先生「Vielen Dank!(どうもありがとう!)」

(゚∀゚)生徒「Vielen Dank!(どうもありがとう!)」


(□_□)先生「そんなこと書いてません」

(゚∀゚)生徒一同「え…ざわざわ」





「Vielen Dank」とは
ドイツ語で「どうもありがとう」の意味で

先生は、それまで授業で
ピアノを弾いてくれていたピアニストさんが
朗読中に退室したので

ドイツ語でお礼を言ったのですが


それを詩の一部と信じ込んでしまった生徒たちが

先生に続いて
真似して言ってしまったのです!!(笑)

なんて素直な私たち・・・



この時、
先生のレベルの高さに
聴講して良かったと心から思いました。





それから、
月に憑かれたピエロ体験をしました。

楽譜はこんな感じ


上の段はフルート、
下の段は語り。

音符の下に「×」みたいなのが書いてあるのは
なんとなくこれくらいの音程で「語る」
みたいな意味のようです。

でもリズムと強弱記号は必ず守るべし。

ドイツ語のイントネーションと
音符のリズムがぴったし合っております。




高い音程で「語る」ということで

下手したら
爆笑ものになりそうなのですが

素直な我々は
本気で語りました。


こんな感じ



楽譜の最後は

音符の「×」の上に更にウネウネ。

ということで語るし声を揺らす感じ?
いや、トリルをつけた歌声を語りにする感じ?

我々は本気で語って揺らしました。

楽しかったです。

※実際に演奏する際はちゃんと研究して下さいネ




そういえば夏木マリさんが日本語版を演奏していた気がします。

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なるほど、ではまたネットに戻り、前回NHKニューイヤーオペラコンサートでご一緒させていただいたばかりの、大尊敬している夏木マリさんのピエロとの関係を探ってみると・・・


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夏木マリさん

 

投稿日: 2003/05/26

 

夜、恒例のN饗アワーをみていたら夏木マリさん登場。
「センとちひろの神隠し」ではゆや婆と銭婆をやっていたかただとか。
その後ショパンの後、マイケル・ナイマンとの写真でびっくりしているうちに、
こんどはシェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」のナレーションもやったとか。
これもびっくりしているうちにさらにすごいことに。
なんと「ピエロ」もやったとかで、すげーな、と思ってみていたら、今度は
デーメルの詩「浄められた夜」を朗読してくれるという。さらにその後はクリヴュヌ
さんによるN饗の演奏。

 

しかも、その後は一同、シェーンベルクに肯定的な評価をしたのが驚いた。
いつもは難しいだの、不協和音だの、12音だとかいわれていたのに、
そういうのなしだった。池辺さんもこの曲好きなんですよ、とかいってるし。
むしろ純粋音楽から離れたコンテキストだったからかもしれない。
意外な路線でシェーンベルクが好意的にとりあげられ、驚いた次第。
アクセスログを見ているとやはりN饗アワー後に検索して私のページに
入ってきた方が結構いますね。
夏木マリさん:ホームページを見てもとても多彩な方のよう。
今後もますますの活動を願ってます。名古屋に公演にこないかしらん。
夏木マリさんのホームページ

 

http://www.marinatsuki.com/

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と言った事で私もびっくりしました。わたしも冒険好きな歌手で、宮崎音楽祭でマエストロ・デュトワの指揮で「7つの大罪」を歌わせていただいたり、分離派の音楽だけ演奏するアンサンブルをウィーンで作ったり今回のシェーンベルクの企画を10年も暖めたり、でも大スターもワイルやシェーンベルクを選ぶんだ~と嬉しくなってしまいました・・・夏木さ~ん、今度舞台一緒にしたいな~。

その他ネットで調べた面白い事は以下の通りです。


■シェーンベルク(作曲家)


「音楽は、なにかを表現する芸術だという考え方は、一般に認められている。しかし、チェスはお話を語らないし、数学は感情を呼び起こさない。これと同じように、純美学的な見地からいえば、音楽は音楽以外のものを表現しないのである。しかし、心理学的な立場から見れば、われわれの知的、感情的連想の能力には限度というものはなく、むしろ、そうした連想を拒絶する能力のほうに限りがある。したがって、どんな平凡なものでも音楽的連想を呼び覚ますことができ、また反対に、音楽は、音楽以外の事物との連想を呼び起こすことが出来るのである」

シェーンベルク著: 「作曲の基礎技法」より


1955年に行われた「月に憑かれたピエロ」の和訳にも関わった武満徹の考えかかたに強く共感します・・・

■武満 徹(作曲家)

「自然なものを大事に・・・人間も自然の一部でやっぱり自然・・・自然というよりも、宇宙だよね。もっと宇宙的な仕組み、システムを本来のものに、元々の姿にしとかないと。音楽なんかをやるっていうのは、結局、そういうコスミックなシステムっていうのを恐れる、敬う、尊敬するっていうことだと思うんですよ。まあ、そこまで僕の音楽はいってないけど。その一つの形、形式、音楽はその一つの形。イマジナリーな自然だ」

マリオ・A著: 「カメラの前のモノローグ」より


個性派で作曲家、演出家なんでもやっちゃう天才ポップスターがケント・ナガノと「月に憑かれたピエロ」を3ヶ月かけて準備した後のコメントは・・・


■ビョーク(アイスランド人ポップ歌手)

“It was an amazing experience for me,” she recalled. “The songs left so much to the imagination of the singer―you know, they were originally written for a cabaret singer or an untrained singer like me. Kent Nagano wanted to make a recording of it, but I really felt that I would be invading the territory of people who sing this for a lifetime.” - Björk

(The New Yorker Aug 23 2004)



それではまた次回まで~!

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